相続

相続人が認知症の場合に相続手続きを放置するリスク

はじめに

 相続に関わる手続き、例えば故人名義の不動産や預貯金の名義変更や解約においては、相続人全員が協力して遺産分割協議を行うことが必要です。この遺産分割協議は、すべての相続人が参加しなければならず、一人でも欠けていると無効とされます。
 ところが、相続人の中に認知症の方がいる場合、その程度によっては遺産分割協議を適切に行う能力がないと判断されることがあります。この場合、遺産分割協議が行われても後に裁判で無効と判断される可能性があります。そのため、もうどうでも良くなって相続手続きをせずに放置される方がおられます。
 そこで、このページでは、相続手続きを放置するリスクと認知症の相続人がいる場合の対応策について解説します。

目次
1.不動産の相続手続きを放置した場合
2.預貯金の相続手続きを放置した場合
3.株の相続手続きを放置した場合
4.生命保険の相続手続きを放置した場合
5.車の相続手続きを放置した場合
6.借金の相続手続きを放置した場合
7.すべての手続きに共通する対応策

1.不動産の相続手続きを放置した場合

 不動産を所有されている故人が亡くなられた場合、故人名義の不動産を相続人名義に変更する必要があります。なお、故人名義の不動産を相続人名義に変更することを「相続登記」といいまます。

(1)相続登記を放置するリスク

リスク① 10万円以下の過料を科せられる

 昨今の法改正により相続登記が義務化され、令和6年4月から相続登記をしなければ10万円以下の過料を科せられることになりました。

リスク② 売却できない

 亡くなった人の名義のままの不動産を売却することはできません。なぜなら、売主となるべき不動産の所有者がこの世に存在しないからです。相続した不動産をいざ売ろう!となっても、相続登記を省略することはできず、そのままでは売れないのです。

リスク③ 子・孫の世代にトラブルの火種を残してしまう

 相続は一生に1度、何もしなくても大金が手に入るチャンスです。1,000万円の不動産を10人で割っても1人100万円になります。
 また、二束三文の土地や建物でも、管理費用や解体費用をめぐって、お子様やお孫様同士が負担を押し付け合ってしまいます。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

対応策① 法定相続分で相続登記

 法定相続分で登記するのであれば、遺産分割協議をする必要がなく、認知症の相続人を考慮する必要がありません。例えば、故人名義の不動産を兄弟4人で1/4ずつの割合で登記をすることができます。
 また、ABCDという4人兄弟の相続人がいるとして、Dが認知症だとします。この場合に、BCがAに自分の相続分を譲渡して、Aが3/4、Dが1/4という割合で登記をすることもできます。

対応策② 相続人申告登記

 様々な事情により相続登記ができない場合があります。そのような場合には、「まだ相続登記はできないけど、相続人は私ですよ!」と法務局に申告する相続人申告登記という制度があります。この相続人申告登記をすることによって、10万以下の過料を回避することができます。

2.預貯金の相続手続きを放置した場合

(1)預貯金の相続手続きを放置するリスク

 銀行などの金融機関は遺産分割協議書がなければ、預貯金の解約や名義変更に応じてくれません。そのため、預貯金を解約して故人の葬儀費用やご自身の生活費に使用したくても、それをすることができません。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

 まず、「遺産分割前における預貯金債権行使の制度(民909の2)」があります。法定相続割合に応じた一定額(相続開始時の預貯金残高×1/3×法定相続分)について、家庭裁判所の判断を経ずに相続人単独での払戻しが認められます。ただし、各金融機関ごとに元利合計150万円の上限があります。
 次に、「家庭裁判所の仮分割の仮処分(家事200Ⅲ)」があります。遺産分割の審判または調停の申し立てが行われた場合、預貯金について他の共同相続人の利益を害さない範囲内で、法定相続人に仮払いが認められという制度です。
 以上の2つの制度を利用することにより、故人の葬儀費用やご自身の生活費などの急な出費に対応することができます。

3.株の相続手続きを放置した場合

(1)株の相続手続きを放置するリスク

 株を所有していると配当が受け取れます。配当を受け取れる権利のことを「配当金支払請求権」といいますが、この請求権は会社が独自に定めた期間を経過すると受け取ることができなくなります。
 例えば、ある会社が配当金の支払いを請求できる期間を3年としていたとします。この場合、配当金を請求できる時から3年経過すると、配当金をもらえなくなってしまいます。
 なお、配当金の支払いを担当する金融機関は、共同相続人の相続分に応じた配当金支払請求に応じないことが多いです。
 また、株は1株ずつ独立した権利となります。どういうことかといいますと、株の相続手続きをしていないのであれば、その株は相続人全員で共有していることになります。1つの車を相続人全員でシェアしているイメージです。例えば、100株あれば、相続人2人で50株ずつという訳ではなく、1株ずつにつき、相続人2人でシェアしているということになります。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

 会社法106条に基づき、共同相続人間で株主権を行使する権利行使者を指定し、その権利行使者の氏名または名称を会社に通知することによって、配当金の支払いを請求することができます。
 ただし、権利行使者の選定は、相続分に応じた持分の過半数で決定します。したがって、認知症の相続人の方が持分の過半数を有している場合には、後述する「7.すべての手続きに共通する対応策」の成年後見人の選任を検討することになります。

4.生命保険の相続手続きを放置した場合

(1)生命保険の相続手続きを放置するリスク

 生命保険の保険金請求権の消滅時効の期間は短いです。保険法改正後の平成22年4月1日以降に成立した保険契約では3年間(保95Ⅰ)、それ以前に成立した契約は通常2年間(旧商法663、683Ⅰ)ですが、約款によって3年になることもあります。かんぽ生命保険の場合は5年です(簡易生命保険法87)。
 相続手続きを放置していると、何千万円という保険金がもらえなくなってしまうことがあります。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

 対応策は、保険契約者である被相続人が保険金受取人を①相続人の中の特定の者を保険金受取人と指定していた場合と②「法定相続人」「相続人」と指定していた場合で異なります。

①相続人の中の特定の者を保険金請求権と指定していた場合

 保険金請求権は相続財産ではなく、保険金受取人の固有の権利です。例えば、ご自身の預貯金が遺産分割の対象となり兄が相続することになったらビックリされると思います。 
 ①の場合には、保険金請求権は保険金受取人である相続人の物なので遺産分割協議は不要です。
 したがって、保険金受取人の方が認知症でないのであれば、早めに保険金を請求しましょう。

②「法定相続人」「相続人」と指定していた場合

 この場合には、保険金請求権は法定相続分に応じて当然に分割されるというのが判例です(最判H6.7.18)。
 したがって、認知症の相続人の方の分は無視して、ご自身の分だけさっさと請求しましょう。

5.車の相続手続きを放置した場合

(1)車の相続手続きを放置するリスク

 車の相続手続きを放置するリスク1番のリスクは、「車を売れない」です。車も不動産と同じく、亡くなった人の名義のままの車を売却することはできません。なぜなら、売主となるべき車の所有者がこの世に存在しないからです。車を売るには、いったん相続人名義に変更する必要があります。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

 対応策としては、車の資産価値により異なります。例えば、ボロボロの軽四で資産価値がなく、修理費や車検代、税金などのコストが多額に掛かるのであれば、廃車を検討すべきです。認知症の相続人の方を無視して、このような自動車を廃車にして良いか法的に争いがあるところですが、現実問題として文句を言う人は誰もいないでしょう。
 逆に、売ると数百万円になるような車は、後述する「7.すべての手続きに共通する対応策」の成年後見人の選任を検討することになります。

6.借金の相続手続きを放置した場合

(1)借金の相続手続きを放置するリスク

リスク① 相続放棄ができなくなる

 相続放棄のタイムリミットは故人が亡くなってから3か月以内ですので、のんびりしていると相続放棄ができなくなります。

リスク② 利息や遅延損害金が増える

 借金は遺産分割協議をしても、それを銀行などの債権者に対抗することができません。
 例えば、相続人が妻と子3人の計4人だとします。仮に100万円の借金があれば、法定相続分にしたがって、妻50万円、3人の子どもが16.6万円ずつ相続しなければなりません。
 以上の事例で妻が認知症だとします。子どもが自分の相続分だけ払って故人の妻である母の借金を放置していると、利息や遅延損害金がどんどん膨らんでいきます。その膨らんだ借金を相続するのは結局子どもです。

(2)認知症の相続人がいる場合の対応策

 リスク①の相続放棄に関しては、後述する「7.すべての手続きに共通する対応策」の成年後見人の選任を検討することになります。
 リスク②については、母の借金を子が代わりに返済するという方法が考えられます。しかし、母の借金を返済すると、「母に対して借金と同じ金額のお金を贈与したのと同じ」という理屈で贈与税が課税されることがありますので、税理士や税務署との相談が必要です。

7.すべての手続きに共通する対応策

 すべての手続きに共通する対応策として、判断能力を欠く相続人の代理人となる、成年後見人という人を家庭裁判所に選任してもらう方法があります。成年後見人であれば、本人を代理して遺産分割協議書に署名・押印をすることができ、その遺産分割協議書を用いてすべての相続手続きををすることができます。
 ただし、ひとたび成年後見人を選任すると、成年後見人に対する報酬が毎年最低20万円~発生します。その方が亡くなるまで報酬を支払い続けなければならないので、よく検討することが必要です。

おわりに

 いかがでしたでしょうか?相続手続きの放置はデメリットしかないのです。相続人が認知症の場合でも対応策はございますので、お早めに司法書士に相談してください。


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