不動産法務

賃貸物件を売却したら、賃貸借契約はどうなる?

■ご相談内容

75歳の女性Aさんは、所有する甲建物を買主Bさんへ300万円で売却しました。

売買契約の窓口となっていたのは長男Cさんであり、仲介業者Dさんは売主Aさん本人とは面談していませんでした。また、売買契約書の署名も長男Cさんによる代筆でした。

もっとも、所有権移転登記を担当した司法書士は、決済前に売主Aさん本人と直接面談し、売却意思を確認したうえで登記委任状に署名押印をいただいていました。

その後、売買代金300万円は売主Aさん名義の口座へ振り込まれ、長男Cさんが着金を確認したため、所有権移転登記が行われました。

ところが数か月後、Aさんの娘Eさんから、「母が『不動産を勝手に売却された』『司法書士と会った記憶がない』と言っている」との連絡がありました。

そこで、司法書士が改めてAさんおよびEさんと面談し、登記委任状などの控えを確認していただいたところ、署名がAさん本人のものであることについて争いはありませんでした。

さらに話を聞くと、Aさんは売却後も甲建物の賃借人として、買主Bさんへ賃料を支払うことになっていました。もっとも、実際には長男Cさんが賃料を負担していたようです。なお、Aさんは甲建物とは別の場所に住んでいます。

また、娘Eさんが本件を知ったきっかけは、長男Cさんによる賃料の支払いが滞り、保証会社からAさんに請求が届いたことでした。

さらに調査を進めたところ、甲建物には以前からAさんの旧友Fさんが居住しており、AさんとFさんとの間で賃貸借契約が締結されていたことが判明しました。しかし、この事実は買主Bさんおよび仲介業者Dさんには伝えられていませんでした。

そこで、
・旧友Fさんは今後も住み続けることができるのか
・Fさんは誰に賃料を支払えばよいのか
・Aさんは引き続き賃料を受け取ることができるのか
といった問題が生じました。

■本件の背景について

本件では、推測ではありますが、長男Cさんにまとまった資金需要があり、その資金を確保するために甲建物を買主Bさんへ売却した可能性があります。

また、売却後もAさんが建物を利用し続け、長男Cさんが実質的に賃料を負担していたことから、リースバックに類似した取引として利用されていた可能性も考えられます。

さらに、買主Bさん自身が賃借人とならず、Aさんが賃借人となっていた理由については明らかではありませんが、保証会社の審査その他の事情が影響していた可能性も考えられます。

また、Aさんが後になって「司法書士と会った記憶がない」「勝手に不動産を売却された」と説明するようになった背景についても、長男Cさんへの経済的支援を家族から指摘されたことが影響している可能性があります。

もっとも、司法書士は決済前にAさん本人と直接面談し、売却意思を確認したうえで登記委任状への署名押印を受けており、後日の面談でも署名の真正について争いはありませんでした。

そのため、本件では売買契約および所有権移転登記の有効性に重大な問題はないものとして検討します。

■法律上の問題点

本件で最も重要な論点は、Aさんと旧友Fさんとの間の賃貸借契約が、建物の売却によってどうなるかです。

民法605条の2第1項では、賃貸された不動産が譲渡された場合には、原則として賃貸人の地位は新しい所有者へ移転すると定められています。

そのため、本件ではAさんとFさんとの間の賃貸借契約は、原則として買主Bさんへ承継されることになります。

したがって、Fさんは直ちに退去しなければならないわけではなく、引き続き建物を利用することができます。

また、所有権移転後の賃料については、本来は新所有者であるBさんが受け取るべきものです。

そのため、Aさんが所有権移転後もFさんから賃料を受領していた場合には、不当利得(民703)としてBさんへ返還しなければならない可能性があります。

■買主が賃貸借契約を知らなかった場合

本件では、買主BさんはAさんとFさんとの間に賃貸借契約が存在していることを認識していませんでした。

そのため、本来であれば、売買契約締結時の前提事情との関係で、錯誤や契約不適合責任などの法的問題が生じる余地があります。

もっとも、本件では買主Bさんが契約の無効や取消しを主張する様子はなく、当事者間でその点が争いとなっていません。

そこで、本事例ではその論点については考慮しないものとします。

■二重の賃貸借契約は成立するのか

本件では、
①買主Bさんと旧友Fさんとの賃貸借契約
②買主BさんとAさんとの賃貸借契約
の2つの賃貸借契約が存在することになります。

もっとも、同一不動産について複数の賃貸借契約が成立すること自体は法律上認められています。
そのため、どちらの賃貸借契約も当然に無効となるわけではありません。

もっとも、実際の占有状況や契約内容によっては、当事者間で利用関係の整理が必要となります。

■考えられる解決方法

① 買主Bさんと旧友Fさんとの関係を整理する方法

買主Bさんと旧友Fさんとの間で、賃貸人の地位が承継されたことを確認する合意書を作成し、今後の賃料の支払先や契約条件を整理します。

また、Aさんが受領していた賃料については、必要に応じてBさんとの間で精算を行います。

② 従前どおりAさんを貸主とする方法

民法605条の2第2項では、譲渡人と譲受人との間で賃貸人の地位を譲渡人に留保することも認められています。

そのため、AさんとBさんとの間で合意を行えば、引き続きAさんがFさんの貸主として賃料を受け取ることも可能です。

もっとも、この場合にBさんがさらに第三者へ建物を売却した場合、賃貸借関係をどのように整理すべきかについては明確な裁判例や文献が見当たりません。

私見ではありますが、賃貸人の地位を留保する合意が有効に存続している限り、AさんとFさんとの賃貸借関係もそのまま維持されると考えます。

■まとめ

不動産を売却した場合でも、既存の賃貸借契約は当然に消滅するわけではありません。

むしろ、賃貸人の地位が新所有者へ承継されることにより、入居者は従前どおり建物を利用し続けることができます。

また、売買の際に既存の賃貸借契約が把握されていなかった場合には、賃料の帰属や契約関係の整理など、思わぬトラブルが発生することがあります。

賃貸物件の売買を行う際には、事前に賃貸借契約の有無や内容を十分に確認し、必要に応じて専門家へ相談することが重要です。

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