相続

遺産相続において学費は特別受益となるのか?

はじめに

 遺産相続において、長男だけが大学進学の機会を得て、次男は家計の事情で進学が叶わなかった場合、遺産を分ける際に長男と次男の取り分が同じだと、次男には不公平な感じがするかもしれません。
 この不公平感を解消する仕組みとして、「特別受益の持ち戻し」という制度が存在します。

1.特別受益の持ち戻しとは

 まず、特別受益について説明します。特別受益とは、一部の相続人だけが受けた特別の財産的利益のことです。例えば、長男が故人から1,000万円の贈与を受けていた場合、それは特別受益に該当します。長男が故人から1,000万円の贈与を受けているのに、それを無視して故人の遺産を法定相続分のとおりに分けると、次男からすると不公平です。
 そこで、その1,000万円は故人の遺産に加算し、相続人の取り分を計算する際に考慮されます。相続人の取り分を計算する際に、特別受益を考慮することを「特別受益の持ち戻し」といいます。
 具体例を見てみましょう。故人が1,500万円の現金を残して亡くなったとします。相続人は長男と次男の2人だけです。この場合、長男が生前に故人から1,000万円を受け取っている場合、その1,000万円は故人の遺産に加算されます。

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相続における学費の特別受益の計算

 したがって、故人の遺産は2,500万円になります。この2,500万円は相続人の法定相続分で分けることになります。今回は相続人が長男と次男の2人だけなので、それぞれの相続分は1/2となります。2,500万円に1/2を乗じると1,250万円となりますので、次男と長男はそれぞれ1,250万円ずつ相続します。

相続における学費の特別受益の計算

 しかし、故人は1,500万円の現金しか手元に残していないため、この金額を分け合うことになります。したがって、長男は250万円を、次男は1,250万円を相続することになります。長男は生前に故人から1,000万円を受け取っているため、このように分配するのが平等です。

相続における学費の特別受益の計算

 なお、長男が特別受益を貰いすぎていて、手元にある現金を全部次男に渡しても平等にならなかった場合でも、長男は次男に自分の財布からさらにお金を渡す必要はありません。長男は特別受益を貰いっぱなしで構わないということになります。
 また、故人は遺言で、特別受益の持ち戻しはしないとすることもできます。つまり、遺言で長男と次男の不平等を認めることができるのです。これを「持ち戻しの免除」といいます。
 その他に、故人が亡くなってから10年経つと、特別受益の持ち戻しができなくなります。上記の事例で説明すると、次男は長男との不公平を主張することができなくなります。
 以上が「特別受益の持ち戻し」の仕組みです。

2.学費は特別受益に該当するか?

相続における学費は特別受益なのか

 さて、それでは、学費は特別受益に該当するのでしょうか? 言い換えれば、学費は長男だけが受けた特別の財産的利益なのでしょうか?
 まず、特別受益に該当する要件は次のとおりです。
① 相続人に対し、婚姻、養子縁組、生計の資本として財産が贈与された場合
② 相続人に対し、遺言によって財産が遺贈された場合
③ ①又は②が、一部の相続人だけが受けた特別の財産的利益といえる場合
 故人が生前、長男のために支出した学費は①の「生計の資本として財産が贈与された場合」に該当します。もっとも、③の「一部の相続人だけが受けた特別の財産的利益」といえるでしょうか?長男のために支出した学費が③に該当するのであれば、「特別受益の持ち戻し」の制度により、次男の不公平感は解消されます。

3.学費が特別受益に該当するかの判断基準

相続における学費が特別受益に該当するかの判断基準

(1)故人の経済力や社会的地位

 故人の経済力や社会的地位は、学費が特別受益に該当するかの重要な判断基準となります。故人の経済力や社会的地位からして相当であるなら、学費は特別受益に該当しません。
 例えば、故人が年収10億円の会社の社長だった場合、故人が長男のために支出した学費は、特別受益に該当しません。年収10億円なら大学の学費など余裕で払えるからです。
 これに対して、故人が年収300万円程度であった場合、故人が長男のために支出した学費は、特別受益に該当する可能性が高いです。

(2)支出された学費の金額

 支出された学費の金額が大きければ、特別受益に該当しやすくなります。
 例えば、岡山にある川崎医科大学は日本一学費が高いことで有名です。6年間で4,550万円掛かるそうです。ちなみに、付属の高校からだと、大学卒業までに6,200万円掛かるそうです。
 これだけ学費が高ければ、いくら故人が年収10億円の会社の社長だったとしても、故人が長男のために支出した学費は、特別受益に該当しやすくなります。

(3)他の相続人とのバランス

 長男は川崎医科大学に行かせて貰えたのに、次男は高卒で就職したような場合、故人が長男のために支出した学費は、特別受益に該当するでしょう。
 これに対して、長男は川崎医科大学へ進学し、次男は国立の医学部に進学した場合、支出された学費の金額は違えど、長男と次男で似たような教育を受けています。このような場合には、故人が長男のために支出した学費は、特別受益に該当しにくいです。

4.学費の特別受益に関する裁判例

相続における学費が特別受益に該当するかの裁判例

(1)長男だけが医学部へ進学した事例

 長男だけが医学部へ進学しても、故人が長男のために支出した学費は特別受益に該当しないと判断された事例を紹介します(京都地裁H10.9.11)。
 この裁判例では、①故人が開業医であり、②故人が長男による事業承継を望んでいたこと、③他の兄弟も大学へ進学していたこと、④故人に経済的な余裕があったことなどが考慮された結果、特別受益は認められませんでした。
 要するに、故人に経済力があり、他の相続人とのバランスが取れていたのです。

(2)大学院や留学費用

 続いて、相続人のうちの一人だけが大学院へ進学し、大学院を卒業してからも10年間海外留学をしていた事例です(名古屋高裁R.5.17)。
 結論としては、大学院や留学費用は特別受益に該当しないとの判断がなされました。理由は次のとおりです。
①故人の家庭では教育水準が高く、能力に応じた高等教育を受けることが特別なことではなかったこと。
②相続人の一人が大学院に進学し、留学した際には学者や通訳者、翻訳者として成長するために時間と費用がかかることを故人が許容していたこと。
③相続人は故人へ出してもらった学費の相当額を自発的に返還していること。
④故人には経済力があり、他の相続人やその妻に対しても高額な時計や宝飾品、金銭を贈与していたこと。
⑤他の相続人も大学に進学し、短期留学していたこと。
 この裁判例では、上記の点を考慮し、大学院への進学費用・留学費用は特別受益に該当しないと判断されました。
 要するに、この事例も故人に経済力があり、他の相続人とのバランスが取れていたのです。

5.特別受益で揉めたらまずは話し合い

相続における学費が特別受益に該当するかで揉めたらまずは話し合い

 特別受益で揉めてしまったら、まずは、相続人間でしっかり話し合いましょう。「お前には特別受益がある」と互いに躍起になって主張しても、いざ裁判となれば、その主張がすべて認められることはほとんどありません。逆に相手の取り分が多くなったりもします。大切なのは、相互理解と妥協の精神を持ちながら、公平な解決策を見つけることです。

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